フィギアスケート 坂本花織

いよいよ冬到来ですね。

冬のスポーツの季節です。

坂本花織選手 フィギアスケートグランプリ(GP) ファイナルの次に目指すのは世界フィギアスケート選手権!!

平昌五輪6位坂本花織青い衣装

                      出典 朝日新聞 DEGITAL

目指すは世界フィギアスケート選手権

カナダ バンクーバーで開催されたフィギアスケートグランプリ(GP) ファイナルでは、惜しくも4位という結果に終わり残念でしたが、今後も継続して頑張るために表彰台に上がらなかった、それは神のお告げかも知れないと、前向きな発言をしていた坂本花織選手でした。

言葉通り坂本花織選手が、次なる舞台 世界選手権へと活躍の場を進めるべく、毎日練習に励んでいるところでしょう。

世界フィギアスケート選手権とは

世界フィギュアスケート選手権(せかいフィギュアスケートせんしゅけん)は、国際スケート連盟(ISU) が主管轄で行うフィギュアスケート単独の大会で、フィギアスケート会では、最大の大会です。

国際スケート連盟(ISU)のランキング算出ポイントでは、オリンピックと同等の高い格が与えられているということで、男子、女子、ペア、アイスダンスの4種目が行われます。

各国の大会出場枠は最大3名(組)で、この大会の成績(3名派遣の国は上位2人、その他の場合は全出場選手の成績)で翌年の世界選手権の(翌年にオリンピックがある場合はオリンピックも)出場人数が決められるので、2020年のオリンピックの出場がかかっている大会という事になります。

 

世界フィギアスケート選手権の歴史

世界フィギアスケート選手権の歴史は古いけれど、昔から現在のような形で行われていたのではありません。

1986年 世界フィギアスケート選手権開催(ロシア サンクトペテルブルグ) 男子の競技のみの参加。

1096年 国際スケート連盟フィギアスケート選手権(ISU championships for Ladies Figure Skating)開催(スイス ダボス)

1908年 国際スケート連盟ペアフィギアスケート選手権(ISU championships for Pair Figure Skating)開催 (サンクトペテルブルグ)

1924年 二つの大会が世界選手権となった。

1930年 別々に開催されていた男子女子ペアの各世界選手権が初めて一緒に開催(アメリカニューヨーク)

1940年〜1946年 第2次世界大戦の影響で中断

1947年 再開 (スウェーデン ストックホルム)

1952年 アイスダンスを加えた大会 (パリ)  現在と同じ形になった。

1961年 大会出場予定のアメリカ合衆国代表チームが搭乗したサベナ航空548便墜落で、大会は中止。

1977年 アジア地域初開催(東京)

41年前にアジアで初めて東京の地でフィギアスケート世界選手権が開催されました。

(Wikipedia 参考)

 

まとめ

フィギアスケートの歴史のなかでも、戦争は数年間に渡り、スポーツを競い高め合う機会を奪っていることに、悲しみを感じます。その競技の大会にむけて日々練習を積み重ねているものにとって、戦争によってそのチャンスを奪われることは、大変な悔しさだったでしょう。

また飛行機事故によって選手の命がなくなってしまったことも、フィギアスケートの歴史の中で忘れることができない出来事でしょう。

フィギアスケート史上にも、いろいろなことがあったのだということを知って観ると、また観る時の気持ちも変わるというものですよね。

現在の選手達は、この様な歴史を知っているのでしょうか。

それは訊いてみないとわからないことですが、選手には少し知っておいて欲しいなと思いました。

全日本フィギアスケート選手権大会

それはさておき、坂本花織選手は、世界選手権への出場、選手権での表彰台を目指して、頑張ってほしいものです。

2019年世界選手権は3月18日から3月24日。

その前に 12月21日から12月24日まで 全日本フィギアスケート選手権大会が大阪にて開催されます。

坂本花織選手がこの全日本フィギアスケート選手権大会の結果で、世界選手権への切符を獲得出来ると信じて・・・。