いだてん〜東京オリムピック噺〜 主人公 金栗四三(中村勘九郎)

金栗四三金栗しそう

(出典 NHK大河ドラマ いだてん)  (出典 日本マラソンの父金栗四三 ミュージアム) 

目標に向かってまっすぐに突き進む太陽のような男。故郷・熊本の往復12kmの通学路を走りぬける姿からいつしか”いだてん”と呼ばれるようになった金栗四三。ストックホルムオリンピックのマラソン予選会で当時の世界記録を27分も更新し、日本最初のオリンピック選手としてストックホルムに旅立つ。

今回は日本人としてはじめてオリンピックに参加した金栗四三についてです。

 

日本人初のオリンピック選手

日本が初めて参加した1912年(明治45年)の第5回オリンピックは、スウェーデンの首都「ストックホルム」で開催されました。

日本選手団は嘉納校長が団長を務め、金栗四三(マラソン)と三島弥彦(短距離走)の2名が参加しました。開催地までは、船とシベリア鉄道を経由して、17日間にも及ぶ長旅で大変疲れたようです。

消えた日本人

マラソン当日。金栗は長距離移動や異国の慣れない環境等による疲れに加え、当日の酷暑のために、金栗は26~27キロ付近で意識不明となり日本中の期待もむなしく落伍となってしまいました。

出場者68名中、完走は半分の34名。亡くなる者も出るような過酷なレース。

地元の民家で介抱して貰っていた金栗は、レースに復帰することができず、主催者側は行方不明扱いとし、「消えた日本人」として話題になりました。

初のオリンピック出場から55年後、ストックホルム大会開催55周年を記念する式典が1967年に開催されることとなった時、主催者側から招待され、約10メートル手前から走って念願のゴールを果たします。

記録は54年と8カ月6日5時間32分20秒3。

ゴールした後、金栗は「長い道のりでした。この間に嫁をめとり、6人の子どもと10人の孫に恵まれました。」と答え、会場は拍手に包まれたそうです。

箱根駅伝の創設

金栗はストックホルム大会の大敗後、日本マラソン界の発展のために、「オリンピックで日本を強くするにはマラソン選手の育成すること。一度にたくさんの選手を作るには、駅伝競走が最適だ。」と駅伝創設を呼び掛けます。

それに応じた早大、慶大、明大、東京高師の4校によって、1920年(大正9年)に「四大専門学校対抗駅伝競走」の名称で第1回大会が開催されました。

これが新春の風物詩となった箱根駅伝のはじまりです。なお、金栗はこの時、28歳であり、現役中に箱根駅伝を創設したので、「日本マラソンの父」と呼ばれるようになったのです。

金栗四三誕生とマラソンの基礎を築く少年時代

熊本県北西部、福岡県との県境に和水町(なごみまち)という自然豊かな町があります。 金栗四三は、1891年(明治24年)の夏、この和水町(当時は春富村)の中林というところに、8人兄弟の7番目として生まれました。

そんな四三も10歳となる年の1901年(明治34年)には、玉名北高等小学校(現南関第三小学校)の進学をきっかけに、自然とマラソン人生の基礎を築く「あること」が始まります。その「あること」とは、自宅から学校までの山坂を越える往復約12キロの通学路を、近所の生徒たちと毎日走って行き戻りする「かけあし登校」のことです。のちに本人も「マラソンの基礎は、小学校時代に(片道)一里半の通学を行った事である。」と語っており、この自宅から学校までの通学路は「金栗ロード」と呼ばれています。

(出典 日本マラソンの父 金栗四三ミュージアム

W主演 中村勘九郎 阿部サダヲ 二人の思い

金栗四三役演じる中村勘九郎さんと田畑政治役演じる阿部サダヲさん

お二人がインタビューでこんな風に話しています。

「いい意味で視聴者の期待を裏切っていきたい」(中村)
「大河でもこんなに笑えるんだって思ってもらえたらいいですね」(阿部)

宮藤さんらしい脚本で当時のドラマと落語をリンクさせるっていう発想に、さすがだなと感じているw主演のお二人。

時空を飛び越えて明治から昭和にかけての物語が描かれていて、ごちゃごちゃしているように見えて、しっかりとまとまっている『いだてん』。

主人公の2人が、どちらも行動力がすごいというところで、思わず「ウソでしょ?」ってツッコミを入れるぐらいと感じているそうです。

今までの大河ドラマとは何もかも違うのでは?と、いい意味で視聴者の期待を裏切るようなものにしたいと考えている中村勘九郎さん。

登場人物の必死で頑張る真剣な姿には笑えるおかしさがあるから、日曜の夜8時に笑いを届けたいと思っている、阿部さん。

最終回の、落語でいう“サゲ(いわゆるオチのこと)”がどうなるのか、W主演のふたりも期待で胸がワクワクしてるようです。

中村:でも、歴史はしっかり追っているし、ちゃんと大河ではあるんですよね。

阿部:ストックホルムオリンピックも64年の東京オリンピックもそうですけど、みんなに希望を持ってもらいたいっていう思いがすごく強い。「いだてん」を見て、当時の人たちと同じ感覚を共有していただけたらいいなって思います。

阿部:今回も、宮藤さんらしい脚本ですよね。当時のドラマと落語をリンクさせるっていう発想はさすがだなって思いました。最終回の、落語でいう“サゲ(いわゆるオチのこと)”がどうなるのか今から期待しているんですよ。
(出典 NHK大河ドラマいだてん) 

次回第2話あらすじ

この日、テレビ寄席で志ん生が語るのは、日本初のオリンピック選手となった金栗四三(中村勘九郎)の知られざる熊本での少年時代。学校まで往復12キロを走る「いだてん通学」で虚弱体質を克服した四三。軍人に憧れ海軍兵学校を受けるも不合格に。身体を鍛えても無駄と落ち込む四三だが、幼なじみのスヤ(綾瀬はるか)に励まされ、嘉納治五郎(役所広司)が校長を務める東京高等師範学校への進学を決意する。運命の出会いが近づいていた。

(出典 NHK大河ドラマいだてん)

 

まだまだこれから盛り上がっていきますね!次も楽しみにしましょう!!

最後まだお読みいただきありがとうございました。